雑 記 帳

2.000年から書いていた今までの「随筆コーナー」は、2014年9月を持って閉鎖致しましたが、自分自身のボケ防止も兼ねて、類似のコーナー「雑記帳」を設け、随時思いつくままを書いております。一読の価値のない駄文ですが開いて頂ければ有り難いです。

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米シリアへのミサイル攻撃は北朝鮮への威嚇か   2017.4.10

米トランプ大統領は、シリア内戦でシリア政府軍が化学兵器を使ったとして、巡航ミサイルで猛爆撃を加えた。自国民に対しガス兵器を使ったと思われるシリア政府軍も滅茶苦茶だか、これに直ちに反撃をした米側の戦闘行動も恐ろしい。

私の考えだが、国連決議に従わないで、ミサイルや核開発をしている北朝鮮への見せしめもあるように思いてならない。

トランプ大統領はオバマ前大統領とは違い、正に瀬戸際作戦を平気でやっているようで、危ない橋を渡っているやにに見える。
今後中国、ロシアなどが、どのように出てくるかが心配である。

狭い地球でなぜ争いは絶えないのか、際限のないミサイル開発や核開発など、なんのためにやっているのだ。
それは、それぞれの国が自国防衛のためと大義名分と銘打っているだけであり、人類史上危険きわまりない行為である。

考えても分かること、核戦争になれば、核保有国がそれぞれ核ミサイルを発射し、自国も巻き込まれて、大義名分である自国防衛手段等は到底できないのだ。

核戦争が始まれば、地球の生物の生存は不可能になると考えられるが。人類や生物のなくなった地球が、その後どのようになるかは想像できないが、人類を含めて生物の絶滅は避けられないのではないか。

このような大反(そ)れたことを、今の世紀に生きる人類の我々が行ってはならない。
一小市民である私は、考えても恐ろしいことだと思っている。
 
           



対北朝鮮で米国大統領の危険発言    2017.4.3

ニュースの伝えることによると、最近の北朝鮮(きたちょうせん)の挑発的な行動に対して、「中国(ちゅうごく)がやらなければ米国(べいこく)単独でも行動にでる」と、発言したと伝えている。
物騒なことにならなければ良いが、北の国の動きには不快な私も気になる発言である。
大事に至らなければ良いが。北の自粛を祈るのみ。




何が何だか分からない  2017.3.30

私立小学校設立問題で国有地払い下げの際、”8”億円の値引きに始まった問題で、学校側の元理事長は国会に証人喚問され、その発言は総理夫人まで波及し、自民党では宣誓して証言席に立った籠池氏を偽証罪で訴いる等と、国会では高い給料の人達がワイワイガヤガヤと大騒ぎしているが、事の真相はちっとも見えて来ないのが残念だ。

マスコミを通して私が感ずるのは
1、 一方のみを証人喚問をして、相手方も同じ席に立たせないでとりだした発言に対して、自民党は偽証罪で訴えるというがどうも納得がいかない。なぜならば、告発は議会であり、党が告発することは出来ない。

2、 なぜならば一方を同じ土俵に上げないで得た発言にどれほどの重みがあるのか、そうであるなら両者同じ土俵に上げて、事の真意を問うのが筋ではないのか。

3、 もし、このようなやり方が通ると恐ろしい事になる。自党に不満の分子を国会で承認喚問して、偽証罪で訴えて罪に落とし入れることも、可能になるのではないかと危惧する。

4、 韓国でも現職大統領が収賄罪で起訴されるかどうか(2017.3.30現在)の瀬戸際にあるようだが、我が国も襟を正して進んでいかなければ世界の恥になる。


年末番組「紅白」       2017.1.2

私は今年のNHKーTV紅白歌合戦を見なかった。
年令とともに紅白歌合戦を見なくなってきたが、今年は特に1回もダイアルを合わせなかった。

その原因は今の歌について行かれないこともある。この流(ながれ)は年令によるものなのかどうかは知らないが、今の歌手のマイクにかじり付くように近づけて飛び跳ねている様は、私から見るとみるに堪えないのだ。
歌うなら立って整然と歌って聴かせるべきで、舞台中飛び回って歌っている様は好まない。

では、紅白以外の何を見たかというと、民放で元政治家や有識者を集めた「知識チーム」と「芸能団チーム」と争うクイズ番組であった。面白く最後まで見て近くのお寺の除夜の鐘を聴いて年を越した。
NHKはこのような番組に飲まれてしまうのではないかと思う程であった。

又番組構成も面白く、クイズを答えらない人は元知事でも、まとめて十人単位で容赦なく席から外し、残った人達が答える、斬新的なところも私の気に入った。

NHK紅白も年年豪華になり、本命の歌などは何処へ行ったのかと思わせるが、もう少し歌を中心に作れないのかと何時も思う。
NHKも大幅の黒字のようだが、料金はいくら安くても文句を言う人はいないことを忘れずに。

女性大臣の一言の影響でキャスターの交代があったようだが、放送に政府の介入は許されぬことだ、一昔前の「大本営発表」の時代へ戻ってはならない。などと考えている爺である。

   
本年も宜しくお願い申し上げます

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オヤ!!??      2016.12.22

つい先日外出時の出来事、
先方から見たことのある男性が歩いてきた。
私は多分昔の職場の◯◯氏だと思い、
「◯◯さんお久しぶりです。御元気で」
と、声をかけると、彼の男性はジッと私の顔を見ながら
「失礼ですが何方様でしょうか」
の返事である。

おかしいな、、、私は◯◯氏だと思い込んでいるので
「私は△△です」
と自分の名前を告げると、相手は私の顔をジッと見ながら
「分かりませんね、、、??」
と、言うではないか。

見た目の風貌は昔の◯◯氏に間違いはない、この◯◯氏の弟W氏とは昔友達であり、会ったことがあるのに、私が分からないとは、どうしてたのだろうと、奇異に感んじたが、相手はなお私の顔をじろじろと見ているが分からないらしい。

これ以上の会話は無理と思って
「イヤイヤ人違いだったようです失礼しました」
と、お別れの挨拶をして分かれたが、私の心は収まらない。
私が見た限りでは、あの人は友達W氏の兄で、私より3才位上の◯◯さんに間違いない。なのに何故私を判別出来ないのか、、、、、??

あれから数日経つが今でも胸のもやもやは消えない。さりとて友人W氏に連絡するのもおかしいし、、、、などと思っている、、、、

私の人違いにより◯◯氏をビックリさせたのか、或いはその反対なのか、、、、
お互いに年令による呆け症状???・・なのか、この年になると気になる問題である。



方言(しかも)   2016.10.21

ある地元の人が、久しぶりに遠くから来た孫を連れて山へ茸とりに行ったときの会話。

アワタタケの群生を見た孫が、
「一杯ありますね。食べられるのですか」と爺さんに聞くと。

お爺さんは
「食べられるさ、しかも一杯出るキノコで食べると美味しいのだよ」
と答えた。

お爺さんの話を聞いた孫はビックリして、、
鹿もとれるのですか」と聞き直した。
今度はお爺さんがビックリして鹿は採れないよ。

シカモとは新潟で使う方言で、しかも(こんなに)沢山とか採れた。と言うような意味で使う。生きた鹿の話してはないと説明して、孫も納得したというお話でした。

方言はそれぞれの地方の宝です。大事にしましょう。
NHKの言葉だけが日本語ではないのです。


烏(からす)     2016.10.11

つい先日の話。
日中居間でTVを見ていると、隣の台所でバリバリ・カサカサ・・と物音がしたが、特別気にしないでTVをみていると、同じような異音が続くではないか。

これはただ事ではないゾ。鼠か狸か町内にいると言われるハクビシンかと戸を開けて台所に行くと、直ぐ目の前に黒い大きな鳥烏がいた。その瞬間烏は20cm位開いていた台所の狭い窓に向かって、一直線に飛んでいった正体は烏だ私はビックリし、我が家の台所へ烏が忍び込んだとは・・・。

早速被害状況を調べると、食パン1ケースのビニールが所々破れていた。そうか奴はこのビニールを破ってパンを食べる予定だったのか。その音だったのかと分かった。

泥棒対策は時々交番のお巡りさんが訪問されて防犯の注意を喚起されていくが、それは人間の犯罪であり、当然のことだが烏の犯罪までは言っていかない。今回の小事件は烏が台所の開いた窓から侵入してきたのであり、その意味でも戸締まりは大事なことである。

驚いてばかりはいられない、硝子窓は20cm位空けてあり、合わせて網戸も開いていたのが原因である。戸締まりは「人間泥棒」だけではない、これからは烏対策にも気をつけねばならないと思うほど、烏と人間の距離は縮まっているようである。

居間に戻ると家の前の電線には4羽の烏があざ笑うように、「カァカァ・・・」笑って(鳴いて)いたが。私の心は烏には分からないだろう。

山里では熊の被害が頻繁に起きているが、ゴミ収集の関係で烏との距離も近くなったようだ。

以上が10月上旬に烏に侵入されたお粗末なお話でした。



歳はとりたくない   2016.8.21

昨日喉の具合がおかしく耳鼻咽喉科に向かった。
診察室に入って椅子に座ると

女医先生が
「付き添えの方はいらっしゃらないのですか」と問いかけてきた。

この言葉が気になった爺は
「私をぼけていると思うのですか」
と思わず反撃した。

女医先生
「家庭のことなどを聞くきたくて・・・」と言うではないか。

爺は
「まだ呆(ぼ)けてはいないですよ先生・・・失礼ですね」と反撃した。
とっさのことだが、初めて問えかけられたこの言葉、「呆け」と思われたのに立腹して先生の顔を見返した。

先生はいろいろと言い訳をしていたが、私の耳には入らなかった。

その後、喉のカメラ撮影など一連の診察はおわり、
「何でもありません。今まで通りの生活をして下さい」
と、言われて診察は終わったが、歳老いた我が胸中は中々収まらなかった話。

自分は若いと思っていても、周囲ではそのように見ているのかと思うと・・・人生の儚さを感じているが歳はとりたくないですね。

実年齢84才の元青年の嘆きでした。

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真実は和歌を通して     2016.8.18


「大臣らは 何をかなせし 国民を

           欺く外に何をかなせし」
      堀口大学


秀歌とは呼べなくとも、大学の「反骨の歌」としてあげよう。無能な為政者のため、国民はどれだけ苦しんできたかと詰問調。終戦の翌年である (新潟日報より)

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「新潟日報」2016.8.17水曜の一面トップに小さな「文化の記録欄」があるが、終戦記念日を過ぎた17日にこの記事が掲載さされた、私はこれを詠み一挙に71年前のあの頃、勉強もせずに勤労動員に明け暮れていた14才の軍国少年の頃を想い出した。

今、憲法改正再軍備が叫ばれ、昔へ回帰する機運が進んでいるが、当時を経験した少年は、戦争敗戦の実態を堀口大学先生のこの歌が全てを表していると思い、掲載させたもらった。

又、夕方この記事を見た妻も満州引き揚げ者だ、引き上げの苦労は身に染みている。
「お父さんこの歌はあの頃を物語っていますね」と問いかけてきた。

あの恐ろしい時代を生きた一人として、「右回帰を叫んでいる諸君の多くはあの惨い経験はない人達だ、何時の時代も勇まし発言は格好いいものだ。憲法改正の一言も公約せずに参議院選で多数を獲得し、その勢いで一挙に憲法改正へ進む計画のようだが問題だ。

敗戦により「1億総懺悔」をしたあの時代を生きた人達も少なくなって来ている現在、あの悲惨な時代に戻らないためにも、大臣諸侯や国政を預かる人達よ!!堀口大学先生のこの歌を詠んでもらいたいものだ。



春山(はるやま)散策を思う    2016.5.5

毎年5月には連休が巡ってくる。野も山も人も寒い冬から解放されて、山々は新緑に変わるこの季節は、私のような雪国生まれで雪国育ち人間には、冬ごもりから開放され、自然の有り難さを享受できる季節である。

自動車運転免許を返上した今では、以前のように自由に各地を散策することはできないが、この季節が来ると、あのもえぎ色に変わった山々を懐かしく思い出すのである。

山々の木々が新芽を吹き出し、山全体がもえぎ色にかわり、ウツギも咲き乱れて心を和ませてくれる新緑は目にも優しい季節だ。山の景色は秋の紅葉も良いが、春山(はるやま)の景色もまた格別なものだと感じている。

以前は毎年のように、親友と山の幸「ワラビ」を求めてこの春山(はるやま)へ行った。場所は決まって新潟県と山形県の県境近くのやや高い山々で、熊避(よ)けの鈴を腰に付けててワラビ採りをしたものだ。

食べて美味いワラビは山の傾斜面に生えていて、しかし、この良いワラビを採るのは危険作業である。滑り落ちないように小枝につかまりながら、傾斜面を下ったり昇ったりして採る。谷底まで下って、同じルートを昇ってみると取り残しが随分あるものだ。それは見る角度により木の葉に隠れて、見えないところに生えたいるものが取り残しとなる。

特に籔(やぶ)の中には太くて背丈も高いワラビが生えている。それは一緒に生える雑草と生存競争しながら伸びていくためだと聞いた。自然の中でも生存競争をしながら種を残しているのである。

いつも山に入って目にとまるのが、山の斜面一面ブナ林の中に、特に強い緑色の区画が所々にあることだ。これは戦後政府の方針でブナ林を伐採して、杉を植林した区画である。ブナは萌葱色に色つくが、杉は年中緑であり景色としての変化はあまりない。

山に行く都度考えていたことだが、なぜこんな山奥にまで杉の木を植林する必要があるのかと不思議に思っていた。植林された杉林に入ると、元気な杉は太く一直線に天まで伸びる勢いだが、その間に生長を止められたように細い杉の木が生えているところが随所にある。

隣の杉の木に比較して細くヒョロヒョロとしていて、枝振りも元気がない杉の木も、同じ時期に等間隔に植えられたものと思われるが、自然の生存競争に負けた木々である。

人間だけではない。植物の世界でも自然の中で生存競争が行われているのだ。本来ならば成長しない木々は人間の手により伐採して、元気な杉の木の枝払いをして、生長を助けてやらなければならないが、日本経済は植林された頃と変わった。建築用に植林された木々の手入れをする人出がいなくなったのである。

現状は日本の杉より外国からの輸入材の方が安いために、国産建材の売れ行きが悪く、昔あった林業が廃れて杉山の手入れをする人出がいなくなっていった。その結果枝おろしをしない木々は、大きくなると枯れた枝を包むように生長するために節だらけの木になって、良質の建材はとれないというという。

また、県境の山々を見て感ずることは、旧林野庁はなぜこんな山奥に自然のブナを伐採してまで、杉の木に植え替えるのか不思議に思っていたものが、今でもそう思っている。

元々ブナの木は根張りは広く土の土留めの役割をしていて、落ち葉は貯水ダムの役目を果たしていると聞いている。手で触ってみると、確かにブナ林の腐葉土がプカプカと厚く水分を含んでいるのが分かる。

それに比較して杉林の中に入っても、落ち葉がつくる腐葉土はなく土が丸だしである。これでは大雨が来ると、雨は土に染み込んで保水することができず、そのまま斜面を流れでて、下流の水位は一挙に上がって水害を発生させたり土砂崩れの原因になると考えても不思議ではない。

近ごろ映像の発達で、各地で発生した山崩れが放映されるが、注意して見るとその殆(ほとん)どが杉林に発生しているように見えるが、これも植林計画の失敗が生んだ結果でないかと思っている。

針葉樹の杉は年中葉が落ちることはないために林の中は年中鬱蒼としていて、地面にまで光が射さない。そのためか杉林の中に入ると、ほとんど草木が生えていない。

また、杉の木の根粘りは小さく、土留めの作用がないために土砂崩れの原因になると考えられていて、ブナの木のようなダムの作用は果たすことは出来ず、大雨はそのまま川に流れて行く、元々ブナの木は根張りも深くて広く土留めの役割をしていて、落ち葉は貯水ダムの役目を果たしていると聞いている。手で触ってみると、確かにブナ林の腐葉土がプカプカと厚く水分を含んでいるのが分かる。

杉林の中に入っても、落ち葉がつくる腐葉土はなく土が丸だしである。これでは大雨が来ると、雨は土に染み込んで保水することができず、そのまま斜面を流れでて、下流の水位は一挙に上がって水害を発生させたり土砂崩れの原因と考えても不思議ではない。

近ごろ映像の発達で、各地で発生した山崩れが放映されるが、注意して見ると杉林に発生しているように見えるが、これも植林計画の失敗が生んだ結果でないかと私は思っている。

針葉樹の杉は年中葉が落ちることはないために林の中は枝葉で年中鬱蒼としていて、地面にまで光が射さないくらいである。そのためか杉林の中に入ると、ほとんど草木がない。

また、杉の木の根粘りは小さく、土留めの作用がないために土砂崩れの原因になると考えられていて、ブナの木のようなダムの作用は果たすことは出来ず、大雨はそのまま川に流れて行く。

ブナ林に降る雨は、落ち葉の層に貯まって一挙に流れることはなく、自然のダムの役目をしているが、人間の都合で杉の木等に植え替えられた山々は、自然の法則から外れているために災いとなることを肝に銘ずべきである。等と考えながら深い山々に植えられた杉林を見ていつも感じていたものだ。

注・
今ではこの景色は見ることはできず、遠いあの頃を想い出して書いて見た。


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