雑 記 帳

2002年から書いていた今までの「随筆コーナー」は、2014年9月を持って閉鎖致しましたが、自分自身のボケ防止も兼ねて、類似のコーナー「雑記帳」を設け、随時思いつくままを書いていきますが、一読の価値のない駄文ですが開いて頂ければ有り難いです。

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リオオリンピック           2016.8.10
会場整備の環境が遅れていると伝えられていたのに、蓋を開けると立派な開幕式が行われ、大きな事件もなく各競技共順調に進んで居いるように見える。
日本も金メダル三個と活躍しているが、TV放映される選手インタビューが気に掛かる。金の獲得が予想された選手が叶わず銅メタルになったなった例など、気の毒な程である。
金メタルの重みが伝わると共に、期待され金メタル精神的な重荷を背負って闘っていることが伝わると共に、その悔しさが言葉にもあるが、

春山(はるやま)散策を思う    2016.5.5

毎年5月には連休が巡ってくる。野も山も人も寒い冬から解放されて、山々の新緑のこの季節は、私のような雪国生まれで雪国育ち人間には、冬ごもりから開放され、春の季節を肌で感じさせ、自然の有り難さを感ずる季節である。

自動車運転免許を返上した今では、以前ように自由に各地に散策することはできないが、この季節が来ると、あのもえぎ色に変わった山々が懐かしく思い出すのである。

山々の木々が新芽を吹き出し、山全体がもえぎ色にかわって、近くではウツギも咲いて心を和ませてくれる新緑は目にも優しい季節だ。山の景色は秋の紅葉も良いが、春山(はるやま)の景色もまた格別なものだと感じている。

以前は毎年のように、親友と山の幸「ワラビ」を求めてこの春山(はるやま)へ行った。場所は決まって新潟県と山形県の県境近くのやや高い山々で、熊避(よ)けの鈴を腰に付けててワラビ採りをしたものだ。

食べて美味いワラビは山の傾斜面に生えていて、この良いワラビを採るのは危険作業である。滑り落ちないように小枝につかまりながら、傾斜面を下ったり昇ったりして採る。谷底まで下って、同じルートを昇ってみると取り残しが随分あるものだ。それは見る角度により木の葉に隠れて、見えないところに生えたいるものが取り残しとなる。

特に籔(やぶ)の中には太くて背丈も高いワラビが生えている。それは一緒に生える草木と生存競争しながら伸びていくためだと聞いた。自然の中でも生存競争をしながら種を残しているのである。

いつも山に入って目にとまるのが、一面ブナ林の中で特に強い緑色の区画が所々にあることだ。これは戦後政府の方針でブナ林を伐採して、杉を植林した区画である。ブナは萌葱色に色つくが、杉は年中緑であり景色としての変化はあまりない。

山に行く都度考えていたことだが、なぜこんな山奥にまで杉の木を植林する必要があるのかと不思議に思っていた。植林された杉林に入ると、元気な杉は太く一直線に天まで伸びる勢いだが、その間に生長を止められたように細い杉の木が生えているところが随所にある。

隣の杉の木に比較して細くヒョロヒョロとしていて、枝振りも元気がない杉の木も、同じ時期に等間隔に植えられたものと思われるが、自然の生存競争に負けた木々である。

人間だけではない。植物の世界でも自然の中で生存競争が行われているのだ。本来ならば成長しない木々は人間の手により伐採して、元気な杉の木の枝払いをして、生長を助けてやらなければならないが、日本経済は植林された頃と変わった。建築用に植林された木々の手入れをする人出がいなくなったのである。

現状は日本の杉より外国からの輸入材の方が安いために、国産建材の売れ行きが悪く、昔はあった林業が廃れて杉山の手入れをする人出がいなくなっていった。その結果枝おろしをしない木々は、大きくなると枯れた枝を包むように木は生長するために節だらけの木になって、良質の建材はとれないというという。

また、県境の山々を見て感ずることは、旧林野庁はなぜこんな山奥に自然のブナを伐採してまで、杉の木に植え替えるのか不思議に思っていたものが、今でもそう思っている。

元々ブナの木は根張りも広く土の土留めの役割をしていて、落ち葉は貯水ダムの役目を果たしていると聞いている。手で触ってみると、確かにブナ林の腐葉土がプカプカと厚く水分を含んでいるのが分かる。

杉林の中に入っても、落ち葉がつくる腐葉土はなく土が丸だしである。これでは大雨が来ると、雨は土に染み込んで保水することができず、そのまま斜面を流れでて、下流の水位は一挙に上がって水害を発生させたり土砂崩れの原因と考えても不思議ではない。

近ごろ映像の発達で、各地で発生した山崩れが放映されるが、注意して見るとその殆(ほとん)どが杉林に発生しているように見えるが、これも植林計画の失敗が生んだ結果でないかと思っている。

針葉樹の杉は年中葉が落ちることはないために林の中は年中鬱蒼としていて、地面にまで光が射さないくらいである。そのためか杉林の中に入ると、ほとんど草木がない。

また、杉の木の根粘りは小さく、土留めの作用がないために土砂崩れの原因になると考えられていて、ブナの木のようなダムの作用は果たすことは出来ず、大雨はそのまま川に流れて行く。

ブナ林に降る雨は、落ち葉の層に貯まって一挙に流れることはなく、自然のダムの役目をしているが、人間の都合で杉の木等に植え替えられた山々は、自然の法則から外れているために災いとなることを肝に銘ずべきである。等と考えながら深い山々に植えられた杉林を見ていつも感じていたものだ。

注・
今ではこの景色は見ることはできず、遠いあの頃を想い出して書いて見た。

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連合軍占領下の日本分割案   2016.3.20

今まで掲載してきた「戦後70年あの頃を思う1~10」を書いていていろいろと調べたが、その際にウィキペディアに興味あるページを発見した。それは「連合軍占領下の日本分割案」であった。
戦後のドサクサのあの時代に、噂として「ソ連が北海道の分割を要求した」は、耳に入っていたが、ウィキペディア検索により、敗戦により日本国の占領政策として、日本の分割統治が議題に上がったと知って驚いた。もし下記図のように日本が分割統治されたら、ドイツと同じような経緯を辿ったであろうと考えるとゾッとする。当時連合軍最高司令官のマッカーサーの裁断により日本分割案は葬り去られたと記述してあり、その後の日本国復興の力となりこの決断は敗戦国日本国民として有り難い決断であった。

分割案[編集]・・・・以下ウィキペディアより。



アメリカ国立公文書館の計画書による日本の分割統治計画案
詳細は「日本の分割統治計画」を参照

第二次世界大戦中、連合国軍はドイツと同様に日本本土の分割直接統治(東京都区部は英米中蘇、近畿地方の大部分はアメリカと中華民国による共同統治になるなど)を計画していた。しかし、最終案では日本政府を通じた間接統治の方針に変更した。占領下において日本は主権の一部を制限された状態ではあったものの政府が存続し続け、その後に発布された日本国憲法は新憲法と呼ばれながらも手続き上は大日本帝国憲法の全面改正という形態をとった。また民法など多くの法律が戦前から引き継がれているのも、政府が瓦解することなく存在し続けたことによる。
分割統治計画が廃案となった理由として、国民からの崇拝の対象であった天皇を通して統治した方が簡易であるという重光葵の主張を受け入れた、など多くの説がある。